僕の人生〜中学校編〜

こんにちは。今回は僕の中学校時代を書いていこうと思います。また長くなりますが、よかったらどうぞ。

 

中学校時代は小学校時代にあった眼鏡事件のため、小学校とは打って変わって物静かな生徒になります。硬式テニス部に所属、学級委員、生徒会副会長、生徒会長を歴任。埼玉県でも有数の進学校であり、男子校のk高校に前期試験で合格。学校の定期テスト最高順位は2位。最高点は473点。すべての定期テストでトップ10以内を維持。内申点3年間平均は41。と自慢話を並べたわけですが、見ての通り、勉強に打ち込んだ3年間でありました。また部活もあったため、友達と遊ぶという機会が一気に減りました。そんな僕の小学校時代とは真逆の学校生活を振り返ってみましょう。

 

中学校1年

入学式からしっかり眼鏡をかけて行きました。最初にかけちゃえばあとは大丈夫と思ったからです。でも同じ小学校からの友達もいるわけで、とても緊張していたのを覚えています。みんなからあれ、眼鏡にしたの?って言われて本当に辛かったです。でも慣れてしまえばこちらのもの。数日たてばその辛さも無くなりました。テニス部にもともと入ろうと思っていて、見学に行くと、そこで初めて敬語を使わなければいけない、先輩という存在に出会い、目をキラキラさせていたのを覚えています。もともとかなりの負けず嫌いなので、これは頑張って上手くなろう!って決意しました。勉強の方は最初の定期テストは7位で、同じクラスに一位がいて、すごいなあ!と思いました。また、二学期を迎えた頃、先生から生徒会副会長のお誘いを受けました。うちの中学校では選挙みたいにしっかり一ヶ月選挙活動をして、投票をする形で行われ、スピーチもしました。一つ自慢なのはうちの学校は約600人くらい生徒がいるのですが、その内の400票以上を僕があつめ、生徒会長の信任票よりも多いという異例の事態が起きました。理由は全くわかりませんが、とてもびっくりしたのを覚えています。そんなこんなで1年が過ぎました。

 

2年生

さて、ここから悪夢の始まりです。何を隠そう僕らの学年は現在でも語り継がれているほど最凶の学年だったのです。毎週学年集会が開かれ、喧嘩、タバコ、酒、シンナー、麻薬、暴力、いじめ、など枚挙にいとまがないほどに荒れていました。僕はthe真面目男子だったので、ちょっかいをよく出されていました。時には殴られたり、蹴られたりもされていました。ただ、それは一人の子がやってきたことで、いじめには何故かならなかったのです。まあ、その子が学年でもトップクラスの悪だったからなのかもしれませんが笑なんにも言えなかったのでしょう。しかも先述の通り生徒会長をやることになったので、もう大変です。毎日の勉強、部活、生徒会、委員会とめまぐるしい日々でした。今考えるとよく頑張ってたなあとつくづく思います。僕がいじめられなかったのは多分、わりと不良と仲が良かったからだと思ってます。小学校からの友達もたくさんいたし、ちょっと天然ボケ気質があるので、笑も取れていたからです。そこは救いでしたね。僕は何もできませんでしたが、壮絶ないじめもあったようです。

 

3年生

いよいよ受験生です。僕はもともと行きたいところとかはなくて、親に勧められた高校をおぼろげに志望校にしていました。ただ、この3年生が学年が一番荒れた年であったので、それはとても大変でした。先輩がいなくなったことが原因だと思います。先生は3人やめましたし、体育の授業ですらボイコット、県内の有数の指導力を持った先生が集められたのに、全くだめてした。しかし、僕はやはり人の運はよくて、3年生の時の担任の先生が僕によく目をかけてくれて、勉強のサポートをしてくれました。休み時間はずっと勉強していたのですが、不良はそれを邪魔します。でも先生がずっと教室にいてくれたので、僕は勉強することができました。本当に感謝しています。おかげで志望校に合格できました。卒業後に分かったことですが、その先生も同じ高校の出身だったそうで、なんか縁のようなものを感じました。

 

こんな感じで中学校時代を過ごしていました。この時代に学んだのは、世の中理不尽なこともあるんだなあということです。そこでどうしたら衝突を少なくして物事を進めていけるのかを学んだ気がします。小学校時代とは真逆の生活でした。さて、次は高校時代です。

k.kazuma